バカ

おーい

人の多い場所

『大学進学と同時に始めた一人暮らしは、例のウィルスによって思い描いていたものではなかった。

国内に初めての感染者が確認された頃、人々は感染を恐れ出来るだけ外に出ない生活、ステイホームを徹底した。

しかし、じわじわと伸びる感染者数や日常が失われたことへのストレスが人々の心を押し潰す。

 

一人暮らし、大学生になってから1年余りが経った現在、もう殆どの若者は好きに遊び回り、時には宅飲みや路上飲みなどをして、失われた時間を取り戻すかのように遊んでいた。学校はオンライン授業から対面式に切り替わり、私のキャンパスライフもようやくスタートした。

講義室に入る。今日の1限は211教室だ。後ろからおはようと声をかけられる。声をかけてきたのは佐々木だ。先月初めて顔を合わせたが割と話の合うやつで最近では隣に座っている。もちろん、ひと席分の間隔を空けて、だ。

講義中、なんとなく右に座る佐々木に目を向ける。目を閉じている。ただ、寝ているわけではない。彼は目が3つなので、全部の目で見ると焦点が合わず全く見えないらしい。そのため一番左の目は基本的に閉じたままなのだ。それ故に、顔が常に若干左斜め前を向いている。気持ち悪い。私が真ん中を閉じればいいと提案した際、「要はウィンクをしているようなもので、真ん中だけ閉じようとすると右も閉じてしまう」などと訳の分からないことを言っていた。

例のウィルスが流行した際、感染者の中にはこういった身体的変化を顕わす者が出てきた。出て来すぎた。今では私のようないわゆる健常者はもう数える程度しかいない。私の家族はもう人間だったのかどうかわからないほど人の区画を超えたモノになってしまった。

こんな状況が1年ほど続いた今、思うことがある。そもそも、"普通"とは何だろう、と。ウィルスによって文字通り作り変えられてしまった世界に生きている私たちにとって、"普通"とは"特別"になった。正確には、そのことにやっと気付いたのだ。普通なんてものは最初からなくて、結局見えにくいだけでみんな特別だったのだ。そんな簡単なことにすら、世界が終わってしまった後にしか気付けない。そう思って、少し泣いた。』

 

初対面の私に向かってそう語った彼女の目は、3つだった。なんなんだ。全然普通じゃない。目が3つじゃないか。彼女の言う"特別"という意味で"普通じゃない"と言っているのではない。本当に全然普通じゃないのだ。そもそも会話の仕方を知らないんじゃないのか。会話にはキャッチボールのように、ある程度自分のターン継続時間というものが決まっている。これは誰かが決めたわけでもなく普通に生まれ、普通の環境で育てば誰もが身につける感覚だ。それをこの女は無視した。無視して、まるで小説のプロローグを読み上げるかのように淡々と喋り出したのだ。初対面の私に。しかも話のオチは「みんな特別」などという普通のことだ。頭がおかしいんじゃないか。大体なぜお前も目が3つなんだ。それはイジっていいのか。ご存知の通り、彼女の話す世界のようなことは一切起きていない。感染者は増えていく一方だし、ワクチン供給は遅れがある。しかし、目が3つになるようなことなど起きていない。にも関わらず、彼女の額には完全に目があった。その邪眼を、幽☆遊☆白書の飛影はどんな思いで手に入れたと思っているんだ。イジっちゃいけないのか、それともイジられようとして先程のような話をしたのか。真ん中だけ閉じようとすると右の目も閉じてしまうというのは彼女自身の悩みなのではないか。まさか助けを?などと、私自身の頭も回収のつかないカオスに飲み込まれる。狼狽える私を、たくさんの人が左斜め前を向いてこちらを見ていた。

 

 

 

話の通じない人間はここでこう思う。幽☆遊☆白書のくだり要る?と

 

 

黙れ

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は月曜。あらゆる場所に人が増える。目が3つなど、比ではないくらいおかしな考えを持つ人が必ず近くにいる。

 

めちゃくちゃ怖い。